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    半年だけの滞在のつもりが、4年間もロンドンに住んでいました。ロンドンでの生活、ヨーロッパ旅行を中心にお届けします。


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2012/06/11(Mon)

1日かけて巡るアルハンブラ宮殿

アルハンブラ宮殿までの坂道を進み(前日に飲み過ぎると足にくるレベルの坂)、
チケットを引き換え、この旅のハイライトと言うべき宮殿内へ入場ー! 

セビーリャのアルカサルが、アルハンブラ宮殿を真似て造ったというので、
「まあ、似たようなものかな?」と思っていましたが・・・。うん、全然違う。
規模、建築物の装飾の細かさ、優美さなど、どれを取ってもアルハンブラ宮殿が勝っている。
後世に伝えるべき、人類の偉大な遺産だなと思います。
・・・・建築のことは、よく分からないんですけどね・・・。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿4」

入場口から真っすぐ進むと、フェネラリフェに通じます。
アラビア語で「天の楽園」を意味するフェネラリフェは、天国にある水の庭園をイメージして
造られたといわれています。グラナダもセビーリャ同様、夏は灼熱になるため、
少しでも涼しいイメージを出すため、「水」をテーマにしてるんでしょうね。
ちなみに、ここは王の避暑のための離宮として使用されていました。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿5」

フェネラリフェから観た、アルハンブラ宮殿内に並ぶ建築物たち。
望遠で撮っているので、実際はもっと遠くに見えます。とても広いのです。

この日はとても寒かったので、宮殿の敷地内にある「ホテルアメリカ」なる場所で、
お茶をすることに。スペインなのに、「ホテルアメリカ」。うーん・・・

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿6」

ホテルアメリカ内のカフェは、アメリカらしさはゼロでした。良かった。
ここで飲んだ、カフェ・コン・レチェ(カフェラテ)はとても美味しかったなあ。
雰囲気も良いので、是非とも改名をお願いしたい。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿7-1」

ナスル朝宮殿は、入場口から徒歩15~20分ほどの所にあります。
のんびりしていると時間になってしまい入場できなくなるので、くれぐれもご注意を!
そして、宮殿内はとてもひんやりです。灼熱の時期は分かりませんが、春や初夏は上着が必要だなー

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿10」

光が強いので、色が飛んじゃっていますが・・・ こちらがアラヤネスのパティオ。
イスラム教は砂漠の多い地域で生まれ、広がったため、水が巧みに取り入れられた建築物が多いです。
水、緑は豊かさや、権力の象徴だったのかもしれないな。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿9」

アラヤネスのパティオの反対側。朝早くの訪問とは言え、観光客はとても多かったです。
わたし達のような個人客だけでなく、ツアー客もいるからなのかな?
ピーク時は一体どれだけの混雑になるんだろう・・・

ナスル朝宮殿の見どころの一つ、ライオンのパティオは何と改装中でした・・・。
124本もの柱に施された装飾は、それはそれは見事なようで(泣)。
これでグラナダを再訪問をする理由ができたな・・・。うう(泣)。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿11」

ライオンのパティオに面した部屋。
偶像崇拝を禁じるイスラム教では、内装には人物ではなく、文字や幾何学模様を持ちいます。
パッと見、ゴチャゴチャしているのですが、不思議と落ち着くんですよね。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿12」

この部屋の天井部は、大量の流れ星が降って来るような、迫りくる感じがあります。
イスラム建築は天井に近づくほど、装飾が細かくなっていることに気付きます。
その理由は床に絨毯を引き、座り心地の良いクッションを設置し、寝転がる習慣があるから。
・・・本当かな?と疑わしく思っていたのですが、先日訪れたトルコの宮殿には、
確かに絨毯とクッション、あるいはソファが設置してありました。
もちろん、天井部には細やかな装飾がされていましたよ。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿14」

宮殿からは、グラナダの街を一望できます。
レコンキスタを進めるキリスト教徒たちが迫る中、王は何を思い、ここからの景色を観ていたのだろう?

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿16」

ナスル朝宮殿の後は、ダマスの塔とパルタル庭園に続きます。
ここでも水が効果的に使われていますね。
庭園はとても広いので、のんびりしていたら30分、1時間はかかるかもしれません。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿17」

お昼は、「ホテルアメリカ」のそばにある、パラドールでランチ!
パラドールとは、国が管理するホテル施設のこと。古城や宮殿を改装してるんですよ。
スペインのさまざまな場所にあるのですが、いかんせん高い・・・ 
それゆえ、わたし達はランチだけ利用しました。見晴らしも抜群!

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿18」

ここでも「カフェ・コン・レチェ」をオーダー! 普段はブラック一筋なんですけどね。
ナプキンやカップのロゴが、どことなく誇らしげ・・・・
飲み物はもちろん、食べ物も美味しかったですよ。ちょっと高いけど、場所代として考えれば格安!
12時を過ぎると途端に混雑するので、できれば12時前に席を確保してくださいね。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿19」

ランチの後は、ナスル朝宮殿の前にあるアルカサバへ!
ここはイスラム勢力がイベリア半島に進出した8世紀に、要塞として造られました。
レコンキスタが起きたのは718年からだから、長い間、この地を監視してきたんですね。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿20」

年代的にはアルカサバが設けられた500年後に、ナスル朝宮殿が造られます。
それまでは、敵と戦うため、この場に定住していた人がいたんでしょうね。
何の跡かは分かりませんが、部屋、食堂、浴場などがあったのかな?

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿21」

要塞なだけあって、見晴らしは最高です。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿22」

グラナダの町が一望できます。
この町が陥落したとき、アルバイシンの白い街並みは血で染まっていたと言われています。
この場所からは、多くの人たちの悲痛な声が聴こえたのかもしれませんね。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿25」.jpg

アルカサバからグラナダの町を眺めた後は、ナスル朝宮殿の隣にあるカルロス5世宮殿へ。

レコンキスタが完成した後、キリスト教徒たちは街中のモスクを破壊しましたが、
このアルハンブラ宮殿だけは残しています。当時の人たちも、この建築物の素晴らしさに
心を奪われたのかしら・・・? 破壊の代わりなのかもしれませんが、このカルロス5世宮殿は、
グラナダを奪還した、キリスト教勢力の王が指示して造られたもの。

ナスル朝宮殿に比べたら、何とも面白みのない建築物です。
この地におけるキリスト教の優位を示すためと言われていますが、
イスラム教建築の素晴らしさの引き立て役になってしまったように思います。

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿23」

その後は、再びフェネラリフェに向かいました。
ポカポカとした日ざしの中で、ちょっとの時間うたたねを楽しみました。
紫外線盛りだくさんなので、すっかり日焼けですよ!

イギリスロンドン貧乏生活「アルハンブラ宮殿24」

朝いちとは違う表情のフェネラリフェ。
夜の静けさがまだ残る朝もいいけど、太陽が高い位置にあるこの時間もいいね!
気温は上昇して、すっかり暑くなっているけど、水の流れがとても涼やかです。
灼熱の季節に涼しく過ごす方法は、今よりも昔の人のほうが知っていたのかもしれませんね。


一日アルハンブラ宮殿で過ごした後は、町に戻り、バルでワイン♪
あるいは、アルバイシン地区でフラメンコもいいですね!
グラナダは最低でも2泊3日はしたい町ですよ!
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