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    半年だけの滞在のつもりが、4年間もロンドンに住んでいました。ロンドンでの生活、ヨーロッパ旅行を中心にお届けします。


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2009/04/12(Sun)

【ジャージー島】写真でふりかえるジャージー3

【海に浮かぶエリザベス城】
基本的に、のんびりしていましたが、
3泊4日も滞在しているので、ちょこっと観光もしましたよ。

ロンドン貧乏留学「ジャージー島20」

エリザベス城です。
干潮のときに歩いて行けます。陸地から約2キロくらいかしら?

ロンドン貧乏留学「ジャージー島21」

このような道をずんずん歩いていきますが・・・

ロンドン貧乏留学「ジャージー島22」

歩きたくない人向けに、このようなバスも通っているのでご安心を。
でも、お金がもったいないし、健康のためにも歩きたいですよね~~

ロンドン貧乏留学「ジャージー島23」

ずんずんひたすら歩いても、歩いても、なかなか到着しません。遠い。

ロンドン貧乏留学「ジャージー島24」

近くで見ると、若干怖いです。人もいないしね。
エリザベス城は外敵から島を守るために作られたようです。
戦いの舞台になったのか・・と考えると、ますます怖くなります。
ほら、多くの人がきっと亡くなってるでしょ?そして、このどんより曇り空。

ロンドン貧乏留学「ジャージー島25」

でも、お城の中はこんなにおだやかです。
小さなお花がちらほら咲き、鳥たちが歌う。ほのぼの~、なんですが・・・

ロンドン貧乏留学「ジャージー島26」

敵の船を沈ませるために用いられた大砲などが置いてあるので、
あんまり穏やかな気持ちになれません。
なんとなく「天空の城ラピュタ」を彷彿とさせますよね。

【ドイツ軍占領下だったころのジャージー】

第二次世界大戦のときにはナチス・ドイツの占領下にあったようです。
イギリスよりもフランスに近い島ですからね。
戦況が進むにつれて余裕がなくなってきたイギリスが、
この小さな島を守るためだけに軍を派遣するにもいかなかったんでしょうね。
不幸中の幸いっていうんでしょうか。
島民を虐殺するなど、血なまぐさい過程をくぐることなく、ドイツ軍の占領下におさまったようです。

ロンドン貧乏留学「ジャージー島27」

その当時の様子は、この「Jersey war tunnels」で知ることができます。

ロンドン貧乏留学「ジャージー島28」

中はこんな感じ。寒くて、じめじめしてて、コワい。
それもそのはず。ジャージートンネルは病院や防空壕として使用されていたようです。

ジャージーの人たちは当初、ドイツ軍の侵攻におびえていたようですが、
当のドイツ人たちは海に囲まれた、この小さな島をえらく気に入り、
ホテルやらレジャー施設やらを次々に作っていったようです。
ビーチでのんびり過ごすドイツ人たちの写真がいくつも展示されていました。

そして、ウマ顔のイギリス人とは違い、背が高く、髪の毛はブロンドで、
青い目のハンサムなドイツ人(←こういう風に書いてあるんですよ)
に惹かれるジャージー娘が多かったみたいです。
家族や恋人と離れ、孤独な気持ちになっているドイツ人たちですから、
そんな彼女たちと恋に落ちるのは道理なわけで。
ただ、彼ら全員がすべて幸せになれたかというと・・・そんなはずもないですよね。

ジャージーは占領下にあるので、男性たちは過酷な労働を強いられたようです。
少しでも不穏な動きをすれば逮捕されてしまう。
やっぱり戦争とは悲惨なものです。

寒さに凍えながらも3時間、たっぷり勉強させていただきました。
解説がすべて英語だから、時間がかかっちゃったけど、理解はできたよ!(と思う)
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