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    半年だけの滞在のつもりが、4年間もロンドンに住んでいました。ロンドンでの生活、ヨーロッパ旅行を中心にお届けします。


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2010/05/24(Mon)

【ブルガリア旅行】ソフィア市内観光(1)

世界遺産のボヤナ教会に行けなかったものの、ソフィアには素晴らしい建築物があります。

ソフィア大学の近くにある「アレクサンドラ・ネフスキー大聖堂」
(Храм-паметник Свети Александър Невски)

イギリスロンドン貧乏生活「アレクサンドラ・ネフスキー」

「アレクサンドラ・ネフスキー」は、およそ5千人を収容できる、世界最大級の正教会の聖堂。
1877年の露土戦争で、オスマン帝国の支配下から解放されたブルガリアは、
この戦争で死亡したロシア人兵士を讃えるため、この聖堂を建設したようです。

イギリスロンドン貧乏生活「アレクサンドラ・ネフスキー2」

世界最大級なだけに、近くで観ると本当に圧倒されます。
聖堂内部は、さまざまな色で彩られたフレスコ画を保存するため、
ほのかな明かりとわずかに差し込む太陽の光のみ。当然、撮影禁止。
でも、たとえ撮影が許可されていたとしても、撮る気持ちにはなれない。
ほかのどんな国よりも、信仰心の強い人たちが多く集い、祈りをささげているのだから・・・

イギリスロンドン貧乏生活「アレクサンドラ・ネフスキー3」
↑内部には、このような画が多くあります。保存状態が良いとは言えないけど、
それがかえって重みとなって、信仰心のない私に訴えかけてくるんだよね。


続いては、聖ペトカ教会(Петка Българска)。

イギリスロンドン貧乏生活「聖ペトカ教会」

とてもとても小さなこの教会は、14世紀に建てられたもの。
地下鉄の出口、ソフィアの高級デパート・ツム(ЦУМ)の地下道に寂しげに立っています。
教会の目の前には、食堂のようなレストランがあり、
大工のおじちゃんがビールを飲んでいました。そんな場所に、歴史的建築物はあるのです。
内部は美しい壁画があります。入場料は無料なので、ぜひ見てください。

イギリスロンドン貧乏生活「聖ネデリャ教会」

ブルガリア正教会の聖ネデリャ教会(църква "Света Неделя")
およそ10世紀に建設されたとの説もありますが、地震、戦争、ブルガリア共産党による襲撃などで、
幾度かの破壊を経験して、今の姿になったと言われています。

イギリスロンドン貧乏生活「聖ネデリャ教会2」

「アレクサンドラ・ネフスキー」同様、内部には多くの信者さんたちが熱心に祈りをささげ、
教会の外では物乞いをする人たちが多くいました。
枯れかけた花束を差し出しながら、買ってほしいと言う人たち、
空き缶を差し出し、少しの金でもいいから恵んでくれと言う人たち。
彼らに対して、わたしは何をすべきだったのでしょうか。

イギリスロンドン貧乏生活「ブルガリアの街並み」

「ネデリャ教会」そばの街並み。ご覧の通り、祝日のため人が少ないです。
この通りから、「アレクサンドラ・ネフスキー」方面に歩いて行くと、
大統領府とシェラトンホテルの建物に囲まれた形で「聖ゲオルギ教会」があります。

イギリスロンドン貧乏生活「聖ゲオルギ教会」

赤レンガで造られた聖堂は、4世紀に建設。4世紀ですよ、4世紀!
ドーム内はこじんまりとした空間で、内部のフレスコ画は12~14世紀のもの。
少々痛みが進んでいるものの、「アレクサンドラ・ネフスキー」同様、重みがあります。

イギリスロンドン貧乏生活「衛兵」

大統領府前の衛兵。
ロンドンのバッキンガム同様、彼らと一緒に写真を撮る観光客の姿も。
でも、ロンドンの衛兵とは違い、あくびをしたり、重心を移動するために足を曲げたり、
あちらこちらをキョロキョロ見回したり・・・。どことなく怠け気味。

イギリスロンドン貧乏生活「ブルガリア国立アートギャラリー」

国立アートギャラリーです。すでに閉館時間だったため、中を見ることができず。
でも、このギャラリーの屋上が・・・

イギリスロンドン貧乏生活「ブルガリア国立アートギャラリー2」

譜面になってるんです。かわいらしい・・。
これを演奏したら、何の曲になるんだろう?

イギリスロンドン貧乏生活「ブルガリアのロシア正教会」

奇蹟者聖ニコライ聖堂(Църква "Свети Николай Чудотворец" )
ブルガリアのロシア教会のひとつです。
アレクサンドラ・ネフスキーを設計した人物が、この聖堂にも携わっているようです。
ご存じの通り、1944年~89年まで続いた共産主義時代では、
ロシア教会の聖職者たちは、治安警察により厳しく監視されていたようです。

ちなみに、この聖堂の前に物乞いをする若い人がいたのですが、
観光客がすべていなくなると、どこからか友人たちが集結し、稼ぎをチェックしていました。
それまで元気のない様子だった若者は、友人たちと共に笑ったり、走り回ったり。
・・・・ビジネス? それとも彼らなりの処世術?
見てはいけないような気がして、私はその場をさっさと後にしました。

あれは、一体なんだったんだろう・・・
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